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京瓦職人・浅田晶久さん

京瓦職人・鬼師(鬼瓦職人)

浅田 晶久さん

 

写真提供:浅田製瓦工場(以下すべての写真も同様)

あさだ まさひさ。京都府京都市出身。明治44年より京都市伏見で瓦の製造を行う浅田製瓦工場の三代目。小学生時代には工場で鐘馗さんの型抜きを手伝うなど、幼少期から瓦づくりに親しんできた。大阪工業大学で建築を学び、卒業後家業を継ぐ。現在、伝統的な手法で京瓦を作る唯一の職人。専門は鬼瓦。

 

1300年以上の歴史を誇る、京瓦の技術を次の世代へ

これまでの経歴について教えてください

小さい頃から工場には出入りしていて、粘土を練る水たまりに入って遊んだりしていたと聞いています。物心がつく前の話なのでよく覚えてはいませんが(笑)。仕事を手伝うようになったのは小学生の頃で、お小遣い稼ぎに鍾馗さんの型抜きをしていました。小さい鍾馗さんと大きい鍾馗さんがあり、一体型を抜くごとに小さい方で5円、大きい方で10円もらえたんです。

◆鍾馗さん:疫病除けのご利益がある守り神。京都では古くから屋根の上に小さな鍾馗さんの像を飾る風習がある。

瓦職人になることを決意したのは大学に入ってからですね。高校生の頃までは瓦職人か設計士かで迷っており、建築を学ぶために大学へ進学したのですが、そこでは当然ながらたくさんの同級生たちが設計士を目指していました。それに引き換え、瓦職人は当時からなり手が全然おらず高齢の方ばかり。このままでは伝統ある技術が失われてしまうと感じ、家を継ぐことを決意しました。設計士は私がならなくてもいくらでもなり手がいましたので(笑)。ちなみに職人不足は先代(父)の頃にはすでに顕著になっていたようで、父が家業を継いだ理由も私と同じでした。

大学を卒業後、家に戻り本格的に瓦職人の世界へ入りました。私の師匠は先代(父)と鬼師をされていた職人さんの2人ですが、技術を丁寧に教わるということはありませんでした。当時は「技は見て覚えろ、盗め」という考えが当たり前でしたので、始めのうちはひたすら2人の仕事を見学していました。しばらくして見よう見まねで作ったものを見せても、返ってくるのは「あかん」の一言。具体的なことは何も指摘してくれません。そのため悪いところを自分なりに考え、手を動かし、再度見せる。この繰り返しでした。何度「何があかんのかを教えてくれ!」と思ったことか(笑)。

今では私も人に技術を伝える立場にありますが、つい教えすぎてしまうところがあって「これで良いのだろうか」と日々自問しています。どちら(の方法)が正しいということではないけれど、苦労せずに技術を身につけることは、教わる当人にとって決して良いことではないと思うんです。けれど、職人の数が減って分業制ができなくなった現代は、覚えることがとても多くて昔のやり方では時間がかかりすぎてしまうのも事実。そういう意味でも技術の継承というのは年々難しいものとなっていますね。

京瓦の魅力を教えてください!

現在、コスト削減の観点から多くの瓦屋で機械化が進み、手づくりによる伝統的な京瓦を製造している工場はうちだけになりました。京瓦というのはその名の通り京都で生まれた瓦のことですが、その最大の特徴は「磨き」と呼ばれる工程にあります。「磨き」とは成形した瓦の表面を金属のヘラで磨き上げる作業のことで、「磨き」を行うことでなめらかな光沢のある美しい瓦が出来上がります。どれくらい磨くかというと、磨いた瓦に手や顔が映り込むぐらいまでです。

ちなみに「磨き」というのは京瓦の品質を示す等級でもあります。品質には『並』・『磨き』・『本ウス』の3段階あり、『並』と『磨き』では作る際の手間がまったく違います。例えば瓦づくりには箱詰めにした粘土を練って石などの不純物を取り除く「土練(どれん)」という工程がありますが、この工程を『並』では1回に対して、『磨き』では2回行います。「磨き」という作業も『並』にはありません。

最上品質である『本ウス』は手間暇がさらに一線を画しています。乾燥させた粘土を粉砕し水に入れて撹拌した後、上澄みだけをすくい出したものを土練するので、『本ウス』の粘土には不純物が一切入っていません。「磨き」の工程も『磨き』の場合は表面だけ行いますが、『本ウス』は裏面も磨きます。うちでは現在『並』と『磨き』のみ製造していますが、いつかは『本ウス』瓦を世に出してみたいものです。

今ではコストや安全性を理由に瓦を敬遠する方が増えていますが、品質の良い瓦というのはその後のメンテナンスもほとんど不要で大変長持ちします。それに今の施工技術なら台風などでも滅多に瓦は飛びません。つまり、長い目でみれば瓦はむしろ経済的な建材と言えます。粉砕すれば材料として再利用できるのでエコロジーだし、自然由来の素材だから人に害もない環境保護の観点からみても非常に優秀な瓦の価値を今こそ再評価して欲しいですね。

「磨き」の工程

瓦以外にはどんなものを作っていますか

屋根瓦以外にも瓦を素材にした置物や照明なども作っていますが、こうした取り組みは私が新たに始めたものではありません。昔から瓦職人は屋根瓦だけでなく色々な製品を作っていました。有名なものだと『伏見人形』でしょうか。これは日本の伝統工芸品である土人形(福岡の『博多人形』などが有名ですね)の元祖です。ほかにも書道に使う硯も瓦で作られていました。

◆伏見人形:京都の瓦の産地である深草の伏見稲荷周辺で製造されていた土人形。桃山時代末期・江戸初期頃から作られ始めたと言われている。伏見稲荷参拝のお土産品として人気だった。

うちの工場独自のものとしては粘土のシルクスクリーンがあります。これは特許も取得しているのでうちでしか作られていません。きっかけは京都工芸繊維大学さんとのコラボレーションです。12年ほど前から毎年夏に学生さんを受け入れているのですが、ある時学生さんにシルクスクリーンの技術を組み合わせられないかと相談を受け、そこから試行錯誤を経て技術を確立しました。インクも粘土でできているんですよ。

粘土のシルクスクリーン(絵馬の置物)

後は鐘馗さん鬼瓦ですね。鐘馗さんについては新型コロナウイルスの影響もあってか、最近は以前よりもよく出ます。私が子どもの頃に型抜きのバイトをしていた時は年に2~3体売れる程度でしたが、今は70~80体くらい売れていますね。メディアに紹介されてからは海外での知名度も高まっているみたいで、外国人の方からの注文も増えました。

鍾馗さん

瓦職人の仕事の醍醐味はなんでしょうか

私にとってこの仕事の醍醐味は自分が死んだ後も自分の作った品物(作品)が残る」ことですね。私は通常の京瓦のほかに鬼師として鬼瓦の製作も行っていますが、鬼瓦なんかは制作者の名前や年号を裏に書きます。すると、私が死んで100年、1000年と時間が経ったときに、私のことを知らない人が私の作った鬼瓦をみて「過去にこういう職人さんがいたんだ」と思いを馳せてくれる。とても魅力的なことです。

鬼瓦

将来の夢を教えてください!

瓦業界の先行きは決して明るくはありませんが、それでも1300年以上前から今日まで脈々と受け継がれてきた瓦の技術を次の世代に残していきたい。それが今の私の夢であり目標ですね。試行錯誤しながら弟子に技術を伝えていく毎日です。後は製造方法を映像に記録しアーカイブ化も進めています。

また、少しでも多くの方に瓦の良さを知ってもらえるように、工場見学鍾馗さんの製造体験教室を開いたりもしているので、興味のある方はぜひご参加ください。

※工場見学や鐘馗さんの製造体験教室は時期によって行っていない場合があります。


DATE

浅田製瓦工場

TEL:0120-00-6546(9:30〜18:00)※土日祝を除く

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