京都・西陣織『株式会社アート裕』代表取締役・津村早江子さん

西陣織 織元『株式会社アート裕』
代表取締役
津村 早江子さん

つむら さえこ。京都市出身。2002年に西陣織の和装品の製造を手掛ける『株式会社アート裕』(1985年設立)の代表に就任。西陣織をもっと身近に感じてもらいたいという思いから、これまで作っていた帯や和装品だけでなく、日傘やがま口といった身の回り品の製造・開発も手掛ける。日々新しい生地の風合いや材料を模索しながら、現在のライフスタイルに合わせた西陣織製品の提案を続けている。
西陣織に触れられる機会を増やして、より多くの人に良さを知って欲しい
はじめにアート裕がどんな会社なのか教えてください!
西陣織の織元として着物帯の製造のほか、がま口やバッグ、ストールなど西陣織を使った身の回り品の開発・販売を行っています。前身は1966年に父が創業した津村織物という会社で、帯専門の織元としてオリジナル帯の仕事を多く手掛けていたそうです。その後、1985年に帯以外の和装品の製造を行う別事業部としてアート裕が設立されました。現在のように和装品以外の身の回り品の制作を手掛けるようになったのは私が代表に就任してからですね。
西陣織の製造工程が知りたいです!
おおまかな説明になりますが、「織物の柄を決める工程」→「織に使う染め糸を作る工程」→「機織りの工程」→「仕上げの工程」という流れで出来上がります。各工程はさらに細分化されるので総工数はだいたい15工程くらいでしょうか。工程数がこれだけ多いのは、西陣織が染め糸を使って模様を織り出す「先染めの紋織物」だからです。
各工程はほとんどが分業制で成り立っており、例えば染め糸の製造一つとっても、糸の太さを調節したり、特別な撚りをかける職人さん(撚糸・ねんし)、染料で糸を染める職人さん(糸染め)、織に使う糸の長さや本数を揃える職人さん(整経・せいけい)など、多くの職人さんが必要になります。

織元はどのような役割を担っているんですか?
織元とは要するにメーカーのことで、企画とディレクションが主な役割になります。制作の流れに沿って説明すると、まずはどんな柄・色の帯が欲しいのかお客さんにヒアリングを行い、図案(柄)を作成します。お客さんは職人ではないため抽象的なオーダーになる場合が多く、私たちはそうした感覚的な部分を汲み取りデザインに落とし込んでいかなければなりません。そのため、人とコミュニケーションを取る能力が非常に重要となります。
図案が出来たらお客さんに見せて、お戻しをいただき、直して、また見せて…というのをOKがいただけるまで繰り返します。今はスマホで撮った写真をLINEなどで手軽に送ることができますが、ひと昔前までは毎回直接届けに行っていたので大変でした(笑)。柄が決まったら紋図(織の設計図のようなもの)の作成を職人さんに依頼し、出来上がった紋図はコンピューターグラフィックスでデータ化し、フロッピーディスクに書き込みます。
次に糸ですが、こちらも希望の色を職人さんに伝えて染め糸を作ってもらうのですが、これがまた大変で…。染め糸というのはその時々で微妙な色の違いが必ず出るので、色見本に限りなく近づけることはできても、完璧に再現することはできません。だから染め上がった糸を見て “違う” と感じたら、職人さんには申し訳ないですがイチから作り直してもらいます。
柄と色(染め糸)が決まったらいよいよ織の工程です。機械動力の力織機(りきしょっき)に紋図のデータが入ったフロッピーディスクを入れることで、データの指示通りに織機が動いて生地を織り上げていきます。こぼれ話になりますが、西陣では織元所有の織機を職人さんに貸し出すのが通例で、これを出機(でばた)と言います。ちなみに織元によって織機の調整(機ごしらえ)は異なるため、うちの織機はうちが用意する紋図(フロッピーディスク)しか使えません。

力織機を見る織職人さん
どうして帯だけでなく身の回り品も作ろうと思ったんですか?
西陣織といえばやはり帯ですが、今の時代普段から和装をする人の数はそう多くありません。そのため、昔に比べて人々が西陣織に触れる機会は激減しました。帯以外の和装品にしても、西陣織の柄というのは和服には合うけど洋服には合わせにくいものが多く、これまた日常生活の中で使いにくい…。だからこそ「日常生活の中でも気軽に使える商品を作りたい!」と思ったんです。普段使いしやすい身の回り品があれば、西陣織をもっと身近に感じてもらえるはずなので。
そうして最初に作った商品は日傘です。日傘用に乱菊模様の生地を一から織って、知り合いの傘職人さんに試作をお願いしました。その時に職人さんから西陣織の原料である絹(シルク)は紫外線の遮蔽率がとても高いことを教えてもらって! 西陣織が図らずも日傘に適した素材だったのは嬉しい誤算でした(笑)。現在は日傘のほかにがま口やバッグ、ストール、マスクも作っています。詳しくはHPをご覧ください。
宮川町の舞妓さんたちも愛用しているアート裕の西陣織マスク(柄あり)。(左から)舞妓さんのふく侑さん、ふく凪さん、小つるさん
新商品・西陣織マスクの制作秘話が聞きたいです!
制作のきっかけは日傘と同じで知り合いにマスクを手作りされている方がいたことです。ちょうど新型コロナウイルスの影響でマスク作りが流行っていたこともあって「じゃあ作って見ようか」という調子で(笑)。しかしこれが思っていたよりもずっと大変で…! 顔にちょうど良くフィットする形状やサイズ感が中々つかめず、少しずつ改良を重ねていってようやく形になりました。
改良は販売後も日夜続けていて、レディースサイズを出したり、裏生地が接触冷感や高島ちぢみのタイプを出したり…。こうやって細かくマイナーチェンジできることは、ラインで大量生産せず手作業で商品を作っている私たちの強みだと思っています。私のおすすめは接触冷感タイプ! 冷房のきいた室内で真価を発揮してくれて、かなり涼しく感じます(笑)。生地は表面裏面どちらも自然由来の素材なので肌にも優しいですよ。
マスク(柄あり)は一枚一枚微妙に柄が異なる一点もの
【関連動画】舞妓さんオススメ 絹のマスク 京都情報誌 ゴ・バーンさん
最後に、津村さんの将来の夢を教えてください!
代表に就任して以来「西陣織をもっと身近に感じて欲しい」と思いながらここまでやってきました。おかげさまで徐々にではありますが、今まで西陣織に馴染みのなかった方にも製品を見ていただく機会が増えたと実感しています。だからこそここで満足せず、より多くの方に西陣織の良さを知っていただけるように今後もさまざまな取り組みに挑戦していくつもりです。これからは消費者の方はもちろん、法人の方にも素材としての西陣織を提供していければと思っています!
津村さんとアート裕の皆さん