特集記事

go baaanからの特集記事をお届けします!

トップ/特集記事/映画/映画「銃」主演・村上虹郎さんインタビュー
2018.11.22・カルチャー ・映画

芥川賞受賞作家・中村文則のデビュー作「銃」、満を持しての映画化。
主演・村上虹郎さんインタビュー

芥川賞受賞作家・中村文則の文学性が非常に高いデビュー作「銃」、満を持しての映画化。

主演・村上虹郎さんインタビュー。

 このところ映画化が相次いでいる作家・中村文則氏の作品にあって、その文学性の高さと中村氏本人の思い入れの高さから映画化が困難とされていた氏のデビュー小説、「銃」。

その主人公・西川トオルという難役を、映画史に残る作品となるであろうというクオリティーで演じ切った主演の村上虹郎さんに緊急インタビュー。プロデューサー・奥山和由氏、監督・武正晴氏という奇才が放つ演出の妙と、自身の演技について、そして作品全体の魅力を存分にお伺い致しました。

 

 

 008

 

 

― 今作は、「出づっぱり」ということもあって、精神的にも肉体的にも大変だったと思うのですが、台本をいただかれての第一印象はどんな作品だと感じましたか。

 

村上虹郎さん(以下:村上<敬称略>)

普段は(原作がある作品でも)原作をあまり読まないタイプなのですが、今作はお話をいただいてから台本をいただくまで時間が空いたので、待ち切れなくて先に原作を読みました。

そんなに読書家ではないので、いつもは活字をじっくりと追うという読書の仕方をするのですが、この原作はぱっと読めました。

それで(原作と映画が違うのが)原作は一人称が『私』なんです。でも今回の映画においては『俺』とか『僕』にしてある。一応、一人称(の呼称)は付けてあるけれど、映画の描き方は完全に一人称というわけではなくて、作中にトオル(主人公の西川トオル)というキャラクターを立ち上げて、それを客観できる。そこが面白いですね。

撮影前には本読みもして、打ち合わせもして、監督の武(正晴)さんとも話をしました。原作者の中村(文則)さんが、すごく大切にされている作品。作家として全部の作品が大切だとは思うのですが、デビュー作なので、宝物ですよね。細かいところまで中村さんと武さんとやり取りがあったみたいです。

その中でも、後半の大学校内のシーンでヨシカワユウコ(広瀬アリス)とすれ違って言う台詞がありますよね。あそこは原作にはないんです。あれがあるかないかで、全然意味が変わってきます。あれは中村さんの自らの提案で『付け足してもいいですか』って言ってくださったんです。それがすごく有り難くて、『映画的にカタルシス作ったほうがいいんじゃないか』と、いうことを(原作者)ご本人から言っていただいたんです。本当に素晴らしかったです。映画版のために書き下ろしたシーンなんです。

 

 

005

 

 

― 今作は原作を読まれてから台本を読まれて、という形と仰っていましたが、それで何かいつもと違うところはありましたか。

 

村上

違いというよりかは、原作からヒントをもらって助けられた部分はあります。(映画としては)脚本がメイン。原作のまま演じるわけではなく、演技で上書きしてしまうものなので。

今作については監督の武さんと原作者の中村さんが同郷で、愛知の隣の小学校とかなんです。しかも中村さんが『銃』を書いた時に住んでいた東京の高島平に武さんも一時期住んでいたことがあって、いろいろと監督と原作者がリンクしていて、それは(主演の)僕にはないものだから、武さんがこの作品を撮ったということがすごく意味がある事だと思っています。

僕も主人公のトオルとして現場にいるのですが、もう一人のトオルがいるというか、武さんが監督業をしつつも、そこにトオルとしていてくれて、「こういう風に芝居するんじゃない?」というわかりやすい演出ではなくて、もっと細かい感覚的な動きについての擦り合わせを現場でずっとしていました。

だから、案外、自由に、任せていただいた演出が多かったです。信頼していただいて。

 

 

― 普通のストーリー展開を持ったサスペンスだと、拳銃というと人を撃って殺してしまってから警察の追求などに心理的に追い込まれるという形が多いと思うのですが、今回のこの『銃』は 『そんなものを持ってたらいつか人を撃って殺してまうぞ』という追い込まれ方をしますよね。そのあたりは演じられていていかがでしたか。

 

村上

ひたむきにまっすぐ演じたつもりです。シチュエーションごとに必要な情報をインプットして演じました。その情報を原作から抽出して得たり、自分で考えたり。

今回は出づっぱり、部屋の中のシーンが多い彼(トオル)のことを考えると、部屋に人を呼ばないんだろうな、と思いました。拳銃を持ってても持ってなくても自分のプライベートな空間に人を入れないんだろうなと。

 例えばそういう感覚を自分のものにするために、どうすればいいだろうと考えて、ちょっと(ロケ現場の)部屋に数日住めないかと聞いてみたんです。そしたらOK。それで住まわせてもらいました。

それをしなくても、演技は出来るのですが、(部屋に住んで)トオルがどんな動線で動くのか、どういった角度で座るのかなどを、違和感なく表現できるように考えました。

作品によってはその違和感がいい時もあると思いますが、今作はそこまで考えました。

ただ、フロがなかったんです(笑)。

ちょっと苦手でしたがサウナに通いました。(過剰)摂取したニコチンとカフェインを排出しないといけないので(笑)。

 

 

― 主人公のトオルについて、ご自身と共通するところ、違っているところを感じられたりしましたか。

 

村上

全然違います。この役をいただいたときに周囲は『いやー、ぴったりだね』って言う方が多かったのですが、(自分では)『複雑やな~』と思って聞いてました(笑)。

全く違う訳ではないとは思いますが、まず全然違うのが両親に関してです。

僕は両親が居て、ちゃんとぶつかった時期を経て、お互いに子離れ、親離れをして、今は友達同士のような関係です。でも、彼(トオル)の場合は、両親がいない。彼が劇中で電話しているのは養父母、そして平気で嘘をつくし、実父に会ってもあのような態度をとる。(劇中、主人公・トオルは病で瀕死の実父を看に病院を訪れるが、人違いだ、アカの他人だと言い放ち病室を去る)、あれは「とった」のではなくて、「とらざるを得なかった」んですよね。それが彼の弱さ。

結局、(自分を捨てた母親に重ねて憎悪していた)女性も撃てなかった訳ですからね。トラウマってひとつのきっかけがトラウマになることもあれば、意外と『塵も積もれば・・・』的なことが引き金になることもあって、それは僕とはちょっと違います。

僕もいろいろなことから逃げた時期はありました。『ダサいな』ってわかっているのですが、逃げてしまう、反抗してしまうところはありました。

親の話でいうと、僕の場合は両親がカッコいいので、それへの反抗はありました。『カッコいい』に対しての反抗って『ダサい』なんです。ブランド品が転がってる環境で、わざと安い洋服が着たいというような。そういったちょっとした反抗というか逃げの部分では多少似たところもあったなと思います。

僕らの世代って、そこそこ賢くないとツラいんです。板挟みというか。親世代からの押しつけみたいなものもありますし、学校や社会でもルールがあります。

トオルがあんな風に育ったのは、彼のせいばかりじゃない、はっきり言って環境のせいでもあった。でも彼は(自分自身で完全に)環境のせいにしてしまっている、人任せな弱い部分があって。それを考えると僕自身の中にもそれは混在していると思います。

 

 

― (この話の流れで)この映画は、青年期の青春の危うさみたいなものを象徴したような作品で、この映画に(そういう世代の)村上さんが主演されるという意味で、ご自身でも意識されることはありましたか。

 

村上

そういう『少年と青年の狭間の危うさ』という表現は(メディアでも)よく書かれるんです。

自分でもわかっていない訳ではないのですが、その世代をまっすぐに(自分として)生きて、それが周囲にそう映るんなら、そうなんだろうと思います。別にそれを(意識して)出そうという考えはないです。

 

 

― 映画「武曲(MUKOKU)」での瞬発力や演技を見られて、皆さん『銃』についてピッタリだなと思われたんじゃないかと思うんです。

 

村上

個人的には『銃』をやれたことは有り難い。光栄なことですし、一つの形はできたのかなという考えもありますが、僕は(自身が主役以外の)いろいろな『銃』があってもいいと思います。

それ(いろんな形の『銃』という作品)が連想できるのが、この作品の面白さじゃないかと思います。

 

 

― トオルが実際の村上さんを反映しているかは別にして、あれだけ精神的に寄りかかっている銃という存在を使う際に、あれだけ『ビビる』感じが出ていたり、村上さんがトオルを演じる際の赤裸々な心理描写の力というか、『画面の力』はすごいものがあると思います。

 

村上

銃って(表現が)難しいのが、銃で人を殺す、傷つけるのと刀や包丁などの刃物でそれをするのと、覚悟自体が違うものだと思うんです。

結果、武器で人を傷つけるということでは一緒なのですが、やっぱり刃物のほうが距離が近いんです。

よく他の作品で『後ろから撃つと卑怯だ』なんていう演出がありますが、武監督も言ってましたけれど撃つ方は『ビビってる』から後ろからしか撃てないのがリアルなんです。人を殺すのに正面からやるなんてよっぽど肝っ玉がすわっている。正面から撃てるのは(北野)武さんがやる役とか(笑)

それでいて3m以内で撃つと命中率も高く、簡単に人の命も奪える。そんな銃の『他人感』というか『飛び道具』感は、好きじゃない部分もありますね。

 

 

― 今回、ラストでお父さんとの共演シーンがありますが、デビュー作でも共演はありましたよね。今回、そこから時間が経って改めて共演されて何かフィードバックできるようなものはありましたか。

 

村上

僕から見る親父は(前と)さほど変わらないです。どっちかっていうと親父の方から見た僕が変わってるんじゃないかなと思います。

僕から見たら親父は最初から(俳優として)先輩なんですが、親父からすると最初の共演は素人みたいなもので、その素人が俳優に変わってっていうのはたった数年ですが、きっと親父は感じてくれてるのではないかと思います。

 

 

アドバイスはもらいますか。

 

村上

細かな演技の話はないですね。でも『人として』っていう部分は結構、話します。俳優になってから一緒に住んでいた時期があるので、その時にも色々。

 

 

撮影が終わってから、何か話されましたか。

 

村上

いや、(共演とは言っても)一日の撮影だったので特に何もないです。

ただ、現場で『俳優たるもの』、親父が先代の先輩方に見てきたモノを、今度は僕に背中で語ってくれていると感じる部分はありました。カメラマンさんや音声さんなどに対する態度は、『こう接するんだ』みたいな、それとなくわかる感じで。毎日はやらないだろうと思いますが、一日だっので(笑)。

 

 

001

 

 

リリー・フランキーさんとの共演はいかがでしたか。

 

村上

リリーさんはねぇ。

お会いしても掴みどころないです。

 

 

― ぶつかっていける安心感みたいなことはありますか。

 

村上

いや~。

『安心できない安心感』はあります(笑)『この人と関わると安心できないんだろうな』って安心感がありますね。

あの人は『あの人』です。リリーさん的には、相手を活かすこととかを考えているかも知れないのですが、『リリーさんらしくそこに居る』って言うんですかね。

だから、(掛け合いも)どう来るんだろうとか、どっから来るんだろうとか。

 

 

― おふたりのシーンで尋問されている村上さんの顔がアップで抜かれている時の、リアルに揺れ動いてる感じはすごい力があるなと思ったんですが、あれは武さんからコンテのような明確な形で演出があるんですか。

 

村上

いや、アクションシーンじゃないので、コンテでの演出はないです

 

 

― それで急に抜かれて、あの表情が出ているのは、正直すごいですね。

 

村上

それはリリーさんの『キモさ』のお陰でしょう(笑)。

いや、リリーさんが、っていうよりあの刑事がね(笑)。リリーさんは細かいアイデアを出されるみたいで。後で武さんの話で聞いたのですが、警察手帖に紐がついているのを引っ張るとか。

リリーさんのあの刑事の言い方は、あんな言い方されると本当に撃っちゃいますよね。天使なのか悪魔なのか。

僕、というかトオルが作りだした幻想的な存在でもありますよね。

『父性の塊』といいますか、トオルの中にある『こう叱って欲しかった』幻想というか。

 

 

 

― 広瀬アリスさんはいかがでしたか。

 

村上

漫画が好きで、本人は「オタク」と自分で言ってました。

華やかさは『女優さんの華』としてあって、でも内向的なそういうオタク気質もあって、今作のヨシカワユウコの魅力でした。

エロティックな魅力もあって、白黒がとても似合っていました(本作はラストシーンまで白黒)。

 

 

009_01

 

 

― 東京国際映画祭ではジェームストーン賞を獲得されましたが。

 

村上

嬉しいのですがやはり自分が受賞したジェームストーンより作品として武監督が監督賞を受賞されたのが嬉しいです。

(作品自体が評価される)監督に対する賞やパルム・ドールなど作品に対する最高賞を受賞するのは本当に嬉しいですね。作品が認められた感じがして。

 

 

拳銃という優越感、万能感を与えてくれる武器を、ある日思いかけず手に入れた大学生の崩れていく日常と狂気を純文学のような見事な筆致で描き出した今作。

この度のインタビューでもあった通り、主人公トオルとのイメージのリンクをいろいろなところで語られる村上さんは、その度に「ちょっと複雑」とコメントしてきました。

これは恐らく、心理描写に繊細な表現が要求される今作のような映画を、役者として『演じ切った』ことへの自信の現れのような気がするのは記者だけでしょうか?

 

話題の『銃』は、1117日(土)より、京都ではTジョイ京都で上映です。

 

 

 

ページトップへ